2024年2月17日土曜日

ちぬらざる革命

「今や人民大衆の目覚めとその有形無形の圧力によって、どんな民主主義国でも次第に福祉国家(ウェルフェア・ステイト)の方向に或(あるい)は悠々と或は渋々と歩き出していることは顕著な事実だ。この点、革命なき革命の道を歩んでいるイギリスほど我々の関心をひくものはない。クロスマンは『民主主義国家をブルジョアジーの執行委員会』と呼ぶのは西欧ではもはや時代遅れなどと豪語しているが、民主主義国の福祉国家への志向が、一つには『革命』の影響であり、その予防注射であることも否まれないだろう。一方〔東側陣営たる社会主義国;引用者注〕における革命の激化と成功は、他方〔西側陣営たる資本主義国;引用者注〕における福祉国家への前進のテムポを早めるのだ。『二つの世界』の冷い戦争の裏には、その対立の激化と共に、またにもかかわらず、こうした一種の歩み寄りが行われており、これは正常的には一国内の保守的陣営と進歩的陣営との間にも多少ともあり得ることである。」

林 達夫(著)「ちぬらざる革命」(『共産主義的人間』に収録, pp. 42-43)

上掲の文章は、『文藝春秋』の1949年9月号に掲載されたものだそうです。

ところで、Comparative Politics誌の2020年4月号に「冷戦期における共産主義の脅威:共産主義の脅威は、資本主義諸国における所得格差に歯止めをかける圧力として働いたか?」(“The Threat of Communism during the Cold War: A Constraint to Income Inequality?”)と題された論文――草稿版はこちら(pdf)――が掲載されています。そのアブストラクト(要旨)の一部によりますと、

共産主義の脅威は、冷戦の最中に、豊かな資本主義諸国における所得分布に何らかの影響を及ぼしたろうか? この問いに取り組むために、本稿では、共産主義の拡散に寄与した出来事――あちこちの国での革命(社会主義革命)の勃発、ソ連による介入――と、OECD(経済協力開発機構)加盟国における所得格差との間に何らかの関わりがあるかどうかを検証した。共産主義の拡散(それに伴う共産主義の脅威の高まり)は、OECD加盟国における所得格差に歯止めをかける圧力として働いた――豊かな資本主義諸国のエリート層なり政府なりをけしかけて、国内における所得格差があまり広がらないように(所得の再分配を強化するなどの)手を打たせた――というのが本稿の主張である。 

とのことです(以上は拙訳)。

林氏は同じ文章(「ちぬらざる革命」)の中で、「・・・(略)・・・君の時代を見る目が、下らぬ新聞や雑誌の見出し(ヘッドライン)にしかくっついていない証拠だ。あとになって時代の顕著な動きと見られるものはその時代には明確には掴(つか)めず、つまり見出しにはなりにくいという鉄則に早く気づく必要があるね」(上掲書, pp. 39)と述べてらっしゃいますが、「時代の顕著な動き」をリアルタイムで(あるいは、先んじて?)見抜くことができる人もいるみたいですね。

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